『永山流 水彩画法 -永山裕子 薔薇を描く-』を10倍楽しんでください! Vol.7
チャプター4 〔貴重な白 3〕

ここでは永山さんの筆遣いのこと、色へのユニークな思いなど独自の画風を作り出すエッセンスを抽出しながらお話したいと思います。

《30分29秒〜30分58秒》
筆遣いを見てください。力がまったく入っていないですね。ふつう水彩筆をこう持って筆の腹で描くことはしませんよね。なぜ、筆を横に持って描くのでしょう・・・? (本人に聞いてはいませんが)たぶん筆で描いたようにしたくないのではないでしょうか。「えっ?どういうこと?」と思われたかもしれませんね。いかにも「筆で描きました。」というタッチより自然にできた色面の重なりが花に見えたり洋梨に見えたりしているような・・・作為の見えないタッチとでも言いましょうか。説明が難しい。余談ですが、皆さんは色試しの紙が自分の絵よりきれいだと思ったことはありませんか?それは、色試しのためだけに無意識に重ねた色には余計な手(筆)を加えないからです。自分の絵には思いいれもあるし「もっとよくなるかも・・・」という欲もあるのでついつい手(筆)を作為的に入れすぎてしまいがちです。絵が汚れがちな方は邪念を振り払って力を抜いて自然の現象に身を任せましょう。邪念の多い私にとってはとても難しいことですが。
永山流 水彩画法

《30分59秒〜32分11秒》
「ラー油のような・・・」「おでんの和辛子のような・・・」。この一言を聞いた時、「永山さんはとても楽しんで絵を描いているなぁ」と思いました。一色一色にいろんな思い入れが紛れ込んできて、それも一緒に絵の中に塗り込めていっているような感じがします。31分44秒あたりでは、気がついた方もいるかもしれませんが、小さい声で「きれい、きれい!」と言っていますね。本当に楽しそうです。このDVDでは言っていませんが、その後の雑談の中で「コクがあって透明なトランスルーセントオレンジを使うと餃子が食べたくなるんです。」
とか「和辛子のようなトタンスルーセントイエローを見るとおでんが食べたくなります。」と言っていました。絵を描きながらも頭の中はあらゆる感覚を総動員して楽しんでるんですね。脳内は“共感覚”に限りなく近い、シナプスの運動会のような状態なんだと思います。
「自分はただ漫然と対象(モチーフ)を写し取っているだけだなぁ。」と感じた方、絵を描く時もそうでない時も感覚を研ぎ澄まして生活できたら楽しいですよ!
永山流 水彩画法

《32分52秒〜34分22秒》
ここからの時間帯は最も永山さんの非凡さを観ることができるところです。まるで“魔法”のような瞬間を目の当たりにすることになります。バラの花には全く触れず、葉っぱを描いていくうちにグイグイとバラが浮き出てくるではありませんか!? 特に33分15秒と33分49秒に葉っぱを描き入れる瞬間でよくわかります。私が見ても「なんで!?」と思うほどショッキングな瞬間です。ここでは“緑色”についても触れていますね。33分00秒には緑に補色の赤を入れ過ぎて「あちゃー!」というシーンもあって笑えますが、実は永山さんは、この補色の混色を多用して複雑な色を作り出しています。ちょっと生っぽい緑には赤や朱系の色を混ぜ彩度を落とし自然な色に調合すると同時に、沈殿する色とそうでない色の混色で“分離”効果を出すという一石二鳥の効果を狙ったりしています。
永山流 水彩画法

《34分23秒〜35分13秒》
絵を描くに当たって、光は重要です。そして永山さんが言っている通り、最もモチーフがきれいに見えるのが自然光だと思います。風景などで太陽の強い光を描くのもいいですが、何かに反射したやわらかい光は、きれいな影を作り魅力的な空間を作ってくれます。
フェルメールの光も一説によると窓の外に白い壁があったのではないかと言われていて、部屋に溢れる光は自然光の反射だという見解です。いずれにしても“光”に敏感になることは大切なことですね。光に敏感になれば当然、陰(影)に対しての意識は高くなるわけで、結果、画面に光が溢れることになり、空間の意識も研ぎ澄まされてゆくはずです。
永山流 水彩画法

つづく>>